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    オリックス・バファローズ金子千尋
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[SPECIAL対談]
オリックス・バファローズ金子千尋
チーム・トーヨータイヤドリフト川畑真人

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Profile:金子千尋(写真左)
1983年11月8日新潟県生まれ。長野商高、トヨタ自動車を経て、2005年オリックス・バファローズに入団。今シーズンは年間最優秀選手(MVP)、最多勝利、最優秀防御率、沢村賞、ベストナイン、ゴールデングラブなどのビッグタイトルを総なめにした。日本球界を代表する選手。

Profile:川畑真人(写真右)
1977年10月15日埼玉県生まれ。2002年からD1GP(全日本プロドリフト選手権)に参戦。2007年に「TEAM TOYO DRIFT(現:Team TOYO TIRES DRIFT)」に移籍して、初のシリーズチャンピオン獲得。2013年にもチャンピオンを獲得。MVPなど年間タイトルを総なめに。今シーズンはD1GP史上初の「日産GT-R」で参戦。

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プロ野球パ・リーグ「オリックス・バファローズ」の金子千尋投手が11月25日、東洋ゴム工業本社を訪ねました。
金子投手は、その翌日、都内で2014年年間最優秀選手(MVP)として表彰されたほか、本年度は最多勝、最多防御率、沢村賞、ベストナイン賞、ゴールデングラブ賞などのビッグタイトルも総なめにした、日本プロ野球界最高峰の投手として認められるトップアスリートです。
金子投手が当社を訪れたのは、東洋ゴム工業がサポートするドリフト競技チーム「Team TOYO TIRES DRIFT」の川畑真人選手と、『対談』するためです。
川畑真人選手は、昨年のD1グランプリチャンピオンであり、MVPなど年間タイトルを総なめにしました。本年度はD1史上初の「日産GT-R」に乗り込んでの参戦。一世風靡の勢いで、世界的なパフォーマンスドライバーKEN BLOCKとの名古屋決戦にも臨んだほか、ワールドチャンピオンズで優勝を果たすなど、世界トップクラスのドリフトドライバーとして認められているところです。
金子選手と川畑選手。金子選手はクルマが好きで、実は、川畑選手が現在勤めるチューニングカーショップのお客さま、というつながりがありました。
二人が闘っているステージは異なりますが、川畑選手がかねてより金子選手のアスリートとしてのモチベーションについて興味を持っていたところ、ではオフにぜひ会って話す機会を作りましょうと金子選手にも快諾していただき、今回、東洋ゴム工業を会場に二人の対談を実現。
今をときめく初対面の二人が語り合ったプロフェショナルとしての気構え。互いが共感し、互いに刺激を受けた、密度の濃い充実した1時間となりました。
東洋ゴム工業(広報企画部)で収録した「対談内容」を、お二人とその所属先にもご了解を得て、ご紹介させていただくことにいたします。

二人を引き合わせた「クルマ」は、お互いに大事な存在。

川畑:僕にとってのクルマって、野球でいうところのバットやグラブですよね。体の一部となってもらって動かしてるツール。競技をするときにはよきパートナーという存在です。オフでいえば、景色のよいところとか、自分で歩いては簡単に行けないようなところにも、クルマがあるから行ける。「魔法の絨毯」というのは言い過ぎかもしれませんけど、ただの移動交通手段なんかじゃなく、普段行けないようなところへ自分を連れて行ってくれる、やっぱり、そういうとても大事な存在です。

金子:小さいころは周りには電車にはまる人もいたけれど、僕ももともとクルマが好きでした。高校を卒業して、トヨタ自動車で社会人野球をさせていただいたご縁もあって、クルマはもっと好きになりました。ゲームに向かうときとか、クルマに乗って移動する時間は結構好きですね。遠くまで長い時間をかけて運転しても苦にならない。一人で運転しているその空間はリラックスできるし、テンションを整えるうえで大事な時間なんです。 免許を取れる年齢になったらすぐに運転免許を取りましたよ。最初のクルマで履いたタイヤがTOYO TIRESのT1Rなんです。自分でリクエストして装着しました。あのトレッドデザインがとても気に入ってました。すごく独特だったし、タイヤって自分の個性を表現する一つのパーツとして、僕には大事な存在だと思いますね。

川畑:タイヤのトレッドデザインにこだわるなんてやっぱり「通」ですよね。僕なんかは、競技すればトレッドの溝が無くなるという非日常的なドライビングをしてますが、タイヤと言えば、やっぱり自分を守ってくれる存在ですね。クルマはハンドル、アクセル、エンジンと乗る人の意思で動かすものですが、最後にタイヤがそれを路面に伝えていく。だから、タイヤに対する信用が必要なんです。

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夢を描いたのは「10歳」。それぞれがのめり込んだ将来への道。

川畑:幼稚園の頃、「西部警察(70年代後半~80年代前半の刑事アクションTV番組)」をかぶりついて観てましたから、その中で繰り広げられるカーアクションにも影響を受けたなぁ。GroupAとかF1といったカーレースをしょっちゅうTVで観て育ちました。もちろん野球やソフトボールとかいろいろスポーツもしましたけど、小学校3、4年の頃かな…どうしても飛び抜けて「クルマが何よりも一番」という感じでした。

金子:僕も小さい頃はサッカーとか他のスポーツもやってましたね。スポーツは好きだったし。新潟から長野に引っ越したんですけど、長野は野球が盛んな地域で、少年野球のチームに入りました。そこからは自然なかたちで野球に入り込んでいきました。テレビは巨人戦。技と走力を持っていた緒方耕一選手に憧れました。超メジャーな選手ではなく、どちらかと言えば「いぶし銀」的な存在が格好良かった。高校では春の選抜も出て、野球をずっと続けて今に至るわけですが、出会いに恵まれていたと思います。めぐり合わせというか。 プロ野球選手になるという夢を持ったのは小学校4年生くらいの時かな。高校を出て、プロに一番近い道は社会人野球だからとトヨタ自動車に入社。仕事をしながらプロ野球の道をめざしました。

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川畑:同じ頃ですよ、僕もレースドライバーになりたい、これしかないと思ったのは小学校4年生の頃です。TVだけじゃなくて、中学時代はよく父親にレース観戦に連れて行ってもらいました。実際に速さを競い合うクルマの格好よさにとりつかれました。ちょうど中学1年のとき、実際に見て衝撃を受けたのがドリフトです。当時はまだ今のD1グランプリのような大会はありませんでしたが、迷いなくコレだ!と。クルマって、こんな風に走らせることができるんだ!という電流が体の中を走った感じです。速さを競うレーサーではなく、クルマを操るドライバー。免許を取るまでの6年ほどは、とにかく車のチューニングやら何やら、先に知識だけ詰め込みました。免許を取ったのも運転するためではなく、まさしくドリフトドライバーになるために取ったようなものですよ。僕は、土屋敬一さんに惚れてましたね。

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「圧倒的に勝ちたい」川畑、「理想的に勝ちたい」金子。

金子:東京オートサロンに一度行ったことがあるんですけど、外でドリフトのデモンストレーションをやっているのを見て、コレすげぇーなぁ!って思いましたよ。ギリギリのところをあのスピードで白煙上げながらやってるのを観てました。

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川畑:ドリフトって基本的に対戦相手が居る競技ですが、第三者の判定によって結果が出るんですね。自分で行けたと思っても、判定負けを喫すことがあるんです。これが悔しい。だから、どうしても勝つときは誰が見ても間違いなく自分が勝者だという勝ち方、ボクシングでいうKO勝ち、柔道でいう一本勝ちみたいな「圧倒的な勝ち方」を僕はしたいと思ってるんです。

金子:僕の場合、昔は、完璧に押さえて、自分を中心に勝ちたいと考えていたスタイルでした。でも、今はチームで勝つことが大事だと思うように考え方が変わってきましたね。そのためにどのように投げるか、投げなければならないかを考えるようになったと思います。1年間の長丁場の真剣勝負ですから、やはり場面によって力むこともありますよ。でも、味方の守りやすいリズムであったり、どう打たせるかとか、いい勝ち方を思い描いてそれにこだわるようになってきました。変わりましたね。

川畑:金子さんの話は、チームプレーでの勝負だから背負ってるものを感じますよね。僕の場合で言うと、ワークスやスポンサーの方、ファンもそうですけど、お世話になっている人にどうあるべきかというのは近いものがあります。どうしてもクルマの運転って、自分の気持ちが表れるし、そこから伝えていかなきゃいけない。逆に気迫みたいなものが必要で、私情とは言いませんが、自分の強い気持ちがやっぱり大事でそれがプラスに出せなきゃいけないというものを感じています。言い訳できないというか。

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順風満帆に見える二人。その裏で苦境をどう捉え、意識したか。

金子:僕は怪我が多く、これに悩まされてきました。でも、故障はあるものです。絶対あるものだと思って、その前提の中でどうするかだと思うんです。どうしても野球の動きって、本来的な日常動作とは違う、普段しないような動作をしますので。でも怪我をしたから今の自分があると思ってるんですよ。怪我を負ってしまったとき、「なぜ俺ばかりが」という気持ちがどうしても生まれますよ。でも、それを乗り越えないと次がない。考え方、見方を変えることが結構大事だったりしました。肘を痛めたときは今のうちに肩を先に鍛えておこうとしたり、自分の体とじっくり向き合う時間ができる。手術すると気づかなかったさまざまなことに気づくんです。故障期間は自分のメンタルが鍛えられるし、自分の体を改めて知ることができる。ネガティブをポジティブに考えると見つかるものがあるって感じです。だから、前向きにその時間を過ごすようになりました。

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川畑:僕の場合、事故するとどうしても首に来る。鞭打ち。それを経験していくと、いい言葉じゃないけど「当たり慣れ」するんです。学ぶ感じですね。同じようなことが起こったとき、どうしたら首を守れるかという瞬時の身のこなしが、その事故をいかに意識するかによって変わる。意識することで無意識に反射的に初動が変わるんですよ。 自分の運転ミスなら仕方ないんだけど、判定でアウトとなったときは悔しいですね。マシントラブルもそうです。でも最近は、引きずるのは一番よくないと思っていますね。凹むけれどウジウジもしてられない。そんなことってありますか?

金子:審判もいろいろですが、僕はその審判の傾向をできるだけ掴もうとします。それぞれジャッジの癖がありますから。そのときどきでジャッジが変わるのは厄介ですが。味方のエラーはつきものですが、一生懸命やって生まれるミスは仕方ないものですよ。じゃあ自分がカバーしようとか、やり返せるところが野球の場合はあるんで、逆に何とか挽回してもらえるという気持ちを胸に投げるだけです。それが自分の仕事なんで。

川畑:先ほど1年間の長丁場という話しを聞きましたけど、僕もそれは同じなんです。このなかで、何かこう自分で決めてることとかありますか?

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金子:僕の場合は1年間通してどう活躍できるかが大事なので、調整の仕方はほぼ変えないですね。悪くても良くてもあまり変えないようにしてます。 ジンクス的なものをあまり自分で作らないように決めてます。いろんなことが起こりますし、同じ相手でも昨日と今日では違う、ということもあります。何もかも起こり得ること。逆に、それにいちいち左右されない、と決めてるんです。自分のことをよくわかっていて、そのうえで自分を一定的に保つことが僕には大事なんです。ブラさないというか。当初は完封勝利なんてすると眠れないなんてこともありました。慣れたのかな?今は興奮しすぎない。負けても落ち込み過ぎないというか、もう次に切り替えるという、そっちも大事かなと思ってるんです。何のためかといえば、やっぱり最後までペナントレースが続くわけで。自分を常時安定させることが大事なんですよ。

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持てる力をどのように発揮するか。二人の勝負の見据え方。

川畑:僕は組み立て方で悩んだりしてるんですよね、難しいなと考えてるというか。 僕の競技は毎回トーナメントで戦うので、勝ち上がった最後に決定的な勝利を叩き出したいと思うから、ある意味、序盤戦は様子見というか70%。次は80、次は90と上げていって最後に100%をめざしてたんですよ。試合でのストーリーみたいのを持ってるんで。でも、これを調整しようとすると、ぐちゃぐちゃになったりする。最初から100出したら次は押さえて80、次は120出して事故しちゃって、最終的に全力が出し切れないとか。コントロールが難しい。これに迷ってしまってる。9回まで徐々に徐々にエネルギーを上げていく、なんてしないんですか?

金子:僕は1回から9回まですべての場面、全力の100で行くんですよ。どうしても終盤になると力も落ちるから、最初、余力を持って押さえ気味に行くとすると、これはやっぱり打たれる。球数押さえるために打たせて取ろうと思うと、どうしても真ん中、真ん中に集まっちゃって、結局打たれるってことがあるんで。9回投げたいけれど、1回、1回を全力で投げてますね。それが結局最後の9回まで投げるコツかなって思ってるんですよね。気持ちを押さえるということは僕もできないんです。いかによい球を投げられるか。そこに100すべてを入れて戦ってる感じです。

川畑:自分は、優等生的にちょっと余裕を持って走ってるというのがセオリーだと思ってきたなぁ。

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金子:僕の場合、先のことを予測して投げると全くいいことはないんですね。ランナー背負ったときに、じゃあ、こういう攻め方をしようと思うとなかなかその通りにはいかない。自分のペースを持ちながら、1回1回、一球一球、キャッチャーから出たサインに全力で投げる。極端なことを言っちゃうと、バッターのことをあまり考えてない(苦笑)。いかに自分のいい球をしっかり投げられるかという。

川畑:例えば、外国人スラッガーのすごい選手がバッターボックスに入ったりすると怖くなったりしないんですか?

金子:怖いですよね。でも、それは打順が回ってきたら普通にあることで、それを怖がって打たれた方が後悔するんですよね。

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「気持ち」の置きどころも、勝ち方を左右する。

川畑:強い対戦相手、ここは勝負どころというときに強い相手が来たら、気持ちが入らないとクルマも動かない。レースの世界では、気持ちがクルマに伝わったらロスにつながると言われてるんですが。ドリフトの場合は、その気持ちが最終的にクルマを動かし、評価に出る。強い相手に対して躊躇してると、簡単に負けてしまうんです。勝つためには、格闘技的な気持ちで臨む、そういう乗り方を意識してますね。マウンド上で、俺は今、気合入ってるぞというところを見せたりするの?

金子:僕はないですね。見せないようにしてます。力入ると上半身に力入っていい球が投げれなくなるので、自分でも押さえるように言い聞かせてます。リラックスというか平常心を保つよう。ピンチであってもピンチだと思わないようにしてます。

川畑:僕は冷静さを保つために車に乗り込んでから準備する作業、例えばシートベルトかけたり、グローブはめたり、ヘルメットかぶったり。それをすべて順番を決めてるんですよ。 もし、テンパっていたりすると違う順番でしてたりとか。急いでたり、平常心でなかったりすると、グローブの右左の順番逆だったりするんです。そこで冷静さがないなと気づくんですね。それで最初から全部やり直したりする。そういう動作とかしぐさとか自分で決めてるものとかあるんですか?

金子:やる動作はありますね。でも順番までは決まってない。何試合もゲームがあるので、これだけはするっていうものは普通に自然にできる。労力をコンパクトに保ちながら、ベストフォームをめざしてるんです。緊張は絶対しますよ、しないとダメなんです。

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プロフェショナルとしてどう在りたいか…二人の飽くなき挑戦。

川畑:プロとして、とにかく、アイツが走るとなったら何がすごいものが見れるという期待をさせたいって自分では思ってるんです。そしてその期待に応えたい。何かわからないけど見てたらたまたますごかったね、と言うんじゃなくて、アイツが走れば間違いないという期待を持たせつつ、アイツを見に行こうかと思わせること、そして見に来てくれた方を喜ばせたい。 お客さまがお金を払って見に来てもらうわけなんで、そのお金を払う価値があるのかというところに一番期待される選手でありたいと思ってます。昔は150%で勝ちに行ってましたけど、今は「価値」をどうつくるかという。

金子:その部分は、もういっしょですよ。年々期待の度合いは変わってきましたから、その期待に応えたい。自分で言うのもなんですが、自分が投げる時は、ある程度お客さんも勝つと思って見に来ていただいてると感じてるので。やっぱり、その期待に応える。いいピッチングして負けても意味ない。どんなピッチングしても勝たないと。いかに勝つために自分がいいピッチングができるかというふうに変わってきましたね。
技術という面の話をすれば、「心・技・体」という言葉がありますけど、僕の場合、「体・技・心」の順。体がついてこなかったら、技術もうまくならないし、気持ちも乗っていかない。何よりもまず体ありきなんです。だから、体調管理をやっぱり大切にしています。気持ちだけ先走ってもダメなんで。

川畑:練習のとき、ただがむしゃらに走ってたらタイヤを無駄にするだけなんですね。だから、一つひとつテーマを持って走ってます。今日はコレ、今回はコレという。とにかく自分のできることに満足するのではなくて、もっとできるはずだ、もっとできるんじゃないかという課題を常に持ってやるようにしてます。 傍から見れば、川畑はもう別に練習しなくてもいいじゃないって言われることもあるんですが、もっと練習したい。テーマを持って、それを練習で確かめ、積み上げることなんです。それが実際の試合で自然にできるための順番かなと思っています。

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編集メモ

金子千尋、31歳。日本球界最高峰と認められるピッチャーは、普段ゲームではお目にかかれない、あどけない表情を混ぜながら幼少の頃を語り、ひょうひょうと自分の勝ち方へのこだわりを語った。

川畑真人、37歳。もうもうと白煙を上げながら動的にクルマを操るドリフト競技の世界には、似つかわしくない爽やかで謙虚な好青年が、その奥に潜めていた勝負への執着を熱く語った。

お互いを引き合わせたクルマの話題から、歩んできた道、そして勝負の世界へと話が進むにつれ、互いが思うところをぶつけ合い、確かめ合うかのように会話が絶妙な絡まりを見せた。

プロとして、いかに自分を制御し、いかに観客を意識して勝負に臨んでいるか。トップアスリートとなった今も、二人は飽くなき挑戦のなかで、自分の考えを熟成し続けていることが感じられた。互いの性格の違いが話の随所に顔を見せ、それが対談を色濃いものにしてくれた。

「異色対談」の妙味が余韻として残る1時間。これからの二人の成長を、さらに楽しみにさせてくれた。(北川)

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